つれづれ

2015年12月31日 (木)

さよなら2015

ブログ、さぼり過ぎですね。。。(殴)

11月からちょっと忙しくて、あれよあれよという間に12月になって、あっと言う間に大晦日。

時間、あったはずなんだけど。(謎)

2015年も早かったなー、と、毎年同じようなことをたぶん言っています。

いろいろあって、特に後半はちょっとストレスを感じることも多かった1年。

明日からの2016年は、良い年にしたいものです。

みなさま、良いお年を。

2016ny_2

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2015年9月29日 (火)

夏から秋へのつれづれ

今年は暑い暑いと言いながら、本当に暑かった時期が短くて8月末から一気に秋になってしまった感があります。

それと今年はなんだか雨が多いです。

おかげさまでバラは一気に黒点祭となり、手入れして消毒しても雨が続くとダメで、もう諦めました。(涙)

去年は雨が少なかった印象なので、今年はそこそこ降ってくれてありがたいとも思っていたけれど、日照不足だし、過ぎたるは及ばざるがごとしというか、、、去年の広島の災害も酷かったけれど、今回の鬼怒川の洪水には驚きました。

ニュースでずっと実況される映像を見ていて、311の時の津波を思い出しました。

水の破壊力は本当に恐ろしい。。。

実は子供の頃から川や湖などの水辺に住む、ということにちょっとした憧れがありましたが、何かがあると水は本当に恐いものですね。

三浦半島は崖が多くて長雨だと土砂災害の心配があるのですが、今回は珍しく(?)そのようなことはなかったようです。

地震の時も今回の長雨でも特に何も被害もなく、ノホホンと日々過ごさせていただいていることに、なんだか申し訳ない気がすると同時に、この平凡な当たり前のことに感謝です。

9月末のこの時期になると、やはりどうしても亡くなったNINAKOちゃんを思い出します。

早いもので、彼女がいなくなってしまってから今年でもう12年になります。

彼女と最後に会った日も肌寒い雨の日でした。

ずっと夏の陽気だったのが一気に寒くなって、やっと病院から出てこられて喜んでいたのも束の間、長期の治療で免疫力も落ちていたこともあって、風邪をひき、そしてそのまま肺炎に進行して病院に逆戻り。

「肺炎になっちゃったよー。(泣)」というメールが最後でした。

あの時、若くてバリバリだったリアンも14歳半になり、すっかり「ご老犬リアン様」になって、手入れの我慢が効かなくなってちょっと大変です。(汗)

リアンの子、孫、ひ孫、NINAKOちゃんに見て欲しかったです。

あ、もしかして天国から見てるかな? ブロウもっとしっかりー、とか、相変わらずヘタなカットして~、とか思っているかも?(笑)

あの頃からは進歩していると思うんですが、いかがでしょうかね? また会っていろいろプードル談義したいです、本当に!

最近、考えた末にようやく新たな武器(笑)=道具を手にし、少し作業が楽になりました。

手に入れたのは、ブロワー、いわゆる「ぶっ飛ばし」のドライヤーです。

もちろん、これだけではきちんとした仕上げにならないので、最終的には今までと同じブロウ・ドライの手順も踏みますが、右腕と肘が楽になりました。

ジャニス、皿のペットカットなら楽勝で一日に2人仕上げることができるのはありがたいです。今までは、とにかくドライヤーだけで疲れて1日1頭しかやっていませんでしたから。(殴)

カットも最近手抜きというか(殴)ずるずるダラダラやっててもな、とも思って、1時間以内、できれば30~40分くらいでの仕上げを目指して、という感じです。

もっとも、きちんと揃えてきっちりやろうと思うとどうしてもカットに1時間近くかかってしまうのは、何度かトライしてわかったことでもありますが。

先日、ちょっと真面目に1時間カットにした皿。

今流行(?)の、ジャーマンクリップもどき、です。はい、もどき。(笑)

Gsara

私のイメージでは、もっとシャープなイメージなので。

以前から、いわゆるテリアカットというのはありましたが、それに近いですよね。

耳がどうしてもグズグズ治らないので、まずは耳をざっくり全て刈り、刈ってみたらテールも刈った方がやはりバランスが良いので、こんなになりました。

これ、NINAKOちゃんの感想聞きたいところだな。空から見てるかな?

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2015年4月13日 (月)

つれづれ

気付いたら桜も散りました。

なんだかバタバタしている間の3月半ばに、昔世話になったシカゴのお母さんが亡くなりました。87歳かな?

5月に交配でアメリカに行った時に会ったのが最後になってしまいましたが、その時に会っていて本当に良かったです。

いつものとおりに過ごして、朝起きてトイレに行って、いつもの自分の場所に戻って、家族が気付いたらそのまま静かに息を引き取っていたそうです。

穏やかに、すーっと神に召された、そんな感じなのかもしれません。

ずっと心臓が悪くてペースメーカーに頼り、この3年ほどは酸素吸入の生活でした。

夏には体調を崩して短期とはいえ一時期入院したと聞いて心配していたのですが、自宅で穏やかに亡くなられたと知った時は不謹慎な言い方かもしれませんが、病院でなく自宅で良かった、良い最後で良かったと思いました。

アメリカから日本に戻る前に電話をして、最後にいつもの明るい調子で「Bye sweetie.」と言ってくれた言葉が耳に残っています。

昔、やはりシカゴのMary おばさんが亡くなられた時は、心臓発作で手の施しようのない状態でいきなりだったことを思うと、本当に穏やかで良い最後だったと思います。

この時は花をアメリカに送るのに苦労した覚えがあったのですが、インターネットの威力を今回、また感じてしまいました。

葬儀の日程、場所などの連絡をもらって(行かれないけど)そこにあった葬儀社のサイトを見たら、なんとメッセージ付きでそこから花束や花かごが送れる! びっくりです!!

そうこうしているうちに本部展。(ジャパンインター)
長らくパピーは本部展でエントリーできなかったのですが、ここ数年、パピーが復活したので今回初めてのパピークラスでの出陳になりました。

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今回は審査時間が遅かったので、例年に比べたら楽でしたが、それでも結局最後の最後までかかってしまって疲れました。

ティナとミジュを同時に出すという無謀なことをして、お馬鹿なティナは自滅。(苦笑)

残ったミジュはパピー9Gでグループ3席になりました。二人揃って自滅せず良かったです。(笑)

Dsc01833

ようやく本部の疲れも取れて日常の生活に戻ってバタバタもなんとか過ぎたつい昨日のこと、Mrs. Helen Sokopp が亡くなったという知らせがありました。

Mrs. Helen Sokopp は、Syrena(サイレナと読みます)犬舎のオーナーで、この Syrena こそ私が最初に憧れた犬の犬舎でもあり、この名前を見ると、なんとなく無視できないというか、良い意味でいつも引っかかります。

ホームページにもちょっと書いてありますが、最初に私の所にきた菜々子の先祖(祖母)がまさにこの Syrena の犬であり、その後気に入ってしまって、とにかくココから犬が欲しいと思った犬舎、リアンの親元も出発点は Syrena の犬です。(これは偶然でした)

その後、PCAでご本人を見てびっくり。

かなり大柄な方で、身長はたぶん180cm近くあったのではないでしょうか。(横幅も日本人サイズを越えていましたが/苦笑)

ちょっと前に亡くなった Mrs. Ann Clark も同じくらい大柄な方で、この二人が並ぶとかなりの威圧感というか、、こんなに大きなおばーちゃん達見たことない、というくらい。(笑)

驚いたのはこれだけでなく、どう考えても御歳70は過ぎているだろうと思われるご老人の Mrs. Sokoppが、アジリティをバリバリ走る現役だったということ。いやぁ、ダテに大きいだけではなく、なんてパワフルな人なのだろうと思ったものです。

この当時、すでにSyrena はあまりブリーディングをしていなくて(Syrenaも候補の犬舎でした)私がPCAで見かけた犬達は、オビディエンスやアジリティに参加していました。

その子達、比較的コンパクトできれいで、そして何よりもとてもかわいいタイプ(特に顔!/笑)だったことが印象に残っています。

先日も書きましたが、古い犬達の血統をたどっていたりしていて、Syrena、Rimskittle、Blue Bell、Longleat、Alekai(今のAle Kai とは微妙に違う、ハワイ時代の Alekai)といった古い犬舎の名前を見ていたばかりのところだったので、このタイミングでの Mrs. Sokopp のニュースはちょっと驚きました。

古き良き時代(たぶん)の犬達と過ごした重鎮がこうしてどんどん過去の人になっていってしまうのは残念です。

Wendell のおじいちゃんにはもっともっと長生きして頑張ってもらわねば。(笑)

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2015年2月20日 (金)

なんだか忙しいような?

2月はもっとノンビリできるような気でいたのに、バタバタと忙しくしています。

ちょっと個人的なことも含めて調べ物が多く、また、新しい発見も多く、このへんについては追々ここのブログなり(半ば放置になっていますが)ホームページで記事にしたりしていく予定でいます。

乞ご期待? なかなか、ついつい面倒臭くなって書けないのですが(殴)そろそろ真面目に本腰上げてまとめるべきことはまとめねば、、です。

ちょっとしたニュースもあるし。

今更だけれど、今年は「真面目に必要な記事はまとめる」を目標にしましょうかね。(笑)

去年の2月は雪で大変でしたが、今年は冷えても雪にならずに助かっています。

去年の神奈川インター、私は出陳していなかったので良かったのですが、記録的な大雪でした。

今年は神奈川インターの前日の土曜はうちから15分ほどの場所でショーがあり、まずそこでミジュを出陳。

なーんとパピーグループ1席をゲット。

うちでは誰も持っていないグループ1席の青ロゼットです。良かったねー、みーちゃん。

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ミジュはとにかく顔がきれい。母の皿ちゃんによく似ているし、何よりかわいいです。

翌日の神奈川インターにはティナを出陳。

1月の千葉インターは真面目にやったけれど結果にはつながらなかったのですが、今回はなんとか末席の4席に入れていただきました。

激戦9Gなので、パピーのうちは末席でも滑り込めるでしょうが、大人のクラスになったらきっと難しいはずです。

前日のミジュの1席に続いて末席でも入れていただいて良かったです。(笑)

それにしても、インターなどの大きなショーは疲れます。

まだパピーだからいいけれど、これからどんどん大変になるのよねぇ。。。ま、それもそれで楽しいのだけれど。

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そうこうしているうちに、息抜きに出かける放牧場の梅もだいぶ咲いていました。

春が近づいてきているのを実感します。

日ごろ家では寝てばかりのリアンさん、今回も張り切って走る走る。

そんなスーパー婆さんになりつつあるリアンのビデオ、久々にYouTube にアップしてみました。

たまに床で滑ったり、段差があると以前のようにうまく上がれなかったりしているのですが、どうしてここだとこんなに元気なのか?(謎)

まぁ、元気なことは良しとしましょうかね。

張り切りすぎて後からガクっとこなければよいのだけれど。(笑)

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2014年6月26日 (木)

嵐の前の静けさ?

書こうと思いつつ書いていなかったのですが、5月にヨーイドン!の勢いでアメリカまで皿を連れて交配に行った件。

大変でした。 結果として行く前には予想しなかったほど大変な1人と1匹旅。(苦笑)

このへんは追々時間があれば書くとして、その後日本に戻ってきてからも大変でした。

というのも、アメリカから戻ってやれやれと、やっと一段落したところで長野の山の中に住んでいる父親の具合が悪いと連絡があったからです。

過疎の村に移住して20数年。

両親がいるのは、車がないと買い物ひとつ行かれないし、どうにも生活ができない超辺鄙な村。(母親は運転できません)

医者嫌いで頑固でワガママな父親を病院に連れて行き、最終的に入院させるまでがまず大変でした。

入院した後も大変。(苦笑)

先日ようやく監獄(本人談)から出て来たところですが、そんなこんなでアメリカから戻った後はほぼ毎週末片道4時間ちかくかけての長野通いでした。

ようやくそれも落ち着きそうなので、お産までのあと少しの間にやるべきことをやっておかねば、というところです。

ジャニスの子供たちの時も毎日大忙しで半ば戦争だったので(大げさ)今余裕のあるほんの少しの間に体力温存しておかねば、という感じでもあります。

皿ちゃんがお産してしまったら、2ヶ月半くらいは引きこもり必至になって馬にも乗りに行かれなくなって、こういう景色もその間はお預け。

Img_6113

しばらく乗れなくなるので、今日はのんびりじっくり楽しむつもりが、乗っているうちにあまりに暑くてそこそこでギブアップ。

去年の夏は暑くて大変だったら、夏場にお休みはちょうどいいような気もしています。

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2014年6月 1日 (日)

5月もおわり

あっと言う間に今年も夏に向かってまっしぐら。今年ももう6月とは。。。

アメリカからは先週の月曜、19日の夜中に戻りました。

約9日ほど、いろいろあってなかなかハードな1人と1匹旅でした。

そのへんのことについては、時間があれば追々書くとして、、、すでに約2週間経ってしまいました。

留守の間、仕事は事前に予告していたこともあって思ったほどバタバタしなかったのは良かったかな、というところです。

実は留守の間に心配だったのは仕事よりもバラ。。。(殴)

ちょうどいない間に蕾が250以上ついていたピエールは満開になりそうだったし、お気に入りの Crazy Two、マリエ、Mamy Blue の一番いい頃を見られそうもなかったので。

果たして、戻ってきた時は夜中だったのですが、ピエールはちょうど満開で間に合いました。

が、残念ながら Crazy Two は花が1つ残っていただけ。Mamy Blue も最後の1つだけで、しかも完全に開き切ってパンパン状態で美しい姿をこの春に見ることはできませんでした。マリエさんに至っては何も残っておらず。。。

Mamy Blue は去年もあまり芳しくなかったのが今年は復活の兆しだったので、一番良い時を見られなかったのが本当に残念です。

復活しつつあるとは言え、他の株に比べるとまだまだ弱々しいので、果たして二番花がうまく上がるかどうか?

画像は、出かける前に、あともうちょっとで良いところなのに! と思いつつ撮った Crazy Two です。

Crazytwo

それにしても、今年は全体にバラの調子が良いです。

鉢替えの時にホースパークから持ち帰ってかなり土中にすき込んだ馬の堆肥のおかげかな? と思っていますが、どうなんでしょう?

 

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2014年3月11日 (火)

忘れられない日

震災から3年。

短かったのか長かったのか、それぞれの立場でこの3年という月日の長さは当然違うものとなるのでしょう。

あの日、あの時のことは今でも昨日のように覚えています。

サラの頭をブラッシングしてゴム入れをしていて、それが終わったら犬達と一緒にいつものとおり遊びに出るつもりでした。

今日はどこに行くかな、三浦海岸に行こうか、それとも荒崎に行こうか、、、そんなことをぼーっと考えつつブラッシングしていた時につけっぱなしだったテレビから聞こえたのが緊急地震速報。

すぐにサラをそのままにテレビを見ると、地震は東北方面となっていて、一瞬、数年前の大きな地震を思い出しましたが震源地が遠いからこちらには直接的な被害はほとんどないだろうと考えたのを覚えています。

言うほど影響ないよね、と思いつつサラが伏せたままのグルーミングテーブルに戻った瞬間に今まで感じたことのない大きな揺れになってビックリ。

え? どうなってるの!? と思った時には停電。

あれだけ揺れたのに我家では実はモノ1つ落ちなかったのですが、薄型テレビだけが台の上で大きく揺らぎ、慌ててテレビが転落しないように抑えたのを覚えています。(苦笑)

サラの頭を慌ててまとめて、ここでこれだけの揺れだから震源地となった東北はかなり大変なことになっているのではないか、、、と感じたものです。

停電になったのでニュースは見られず、ラジオが頼り。その後かろうじて車のナビについているテレビでニュースを時折チェックしていました。

夕刊の配達に来た配達員に聞いたら、周囲の信号も全て消えてしまっているとのことだったので、その日は歩いて郵便局まで荷物を出しに行ったことを覚えています。

あの日も今日のように天気が良かったなぁ。

被災した知りあいは未だに仮設住宅住まいです。

震災の日の1週間くらい前に、町内で津波からの避難訓練をやったばかりだったそうです。

まさかあんな津波が本当に来るとは誰も思っていなかったから、走れ!と言われても本気で走らずに、みんなダラダラやっていたのよ、なんて半ば笑いながら話してくれたのですが。。

去年のNHKの朝ドラ「あまちゃん」で震災をどのように、特に津波をどうドラマで描くのか(再現するのか)ドラマとは言え、それを見るのがなんとなく恐いと感じていました。当時のニュース映像からいくらでも津波や災害の映像を引っ張ってくることはできたと思います。

しかし、それを安易に使うことなく、津波はジオラマに青いガラス片を散らして表現していました。

その手法にいろいろな意味で唸ってしまいました。

 

3月11日は、これからも忘れられない日になりそうです。

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2014年2月28日 (金)

最後の仕事

佐久間さんが亡くなる前に、NHKが短いけれど最後の仕事をする佐久間さんのドキュメンタリー番組を放映しました。(ハロー・グッドバイの日々)

音楽業界では佐久間さんが凄いプロデューサーだということは長年よく知られていたのだけれど、彼自身に関するこうした特集は今回がおそらく最初で最後。ガンを公表して余命いくばくもなくなったから慌てて番組制作をしたのだとばかり思っていました。

もちろん、多少そういういやらしい部分がなくはなかったと思うのだけれど、先日(2月25日)の読売新聞夕刊、テレビ&ラジオ欄に載った「モニター」という欄の文章を見ると、必ずしもそうではなかったらしい。

紙面によれば、佐久間さんの遺作になった「Last Days」録音は佐久間さんの体調を考えると実際のところ状況的にかなり難しかったらしい。しかし、その録音の実行を佐久間さんが決めたきっかけのひとつがNHKの密着取材だったのだそう。

録音に参加した人たちも取材がなければできなかったと断言したそうで、このコラムを書いた筆者は「番組が佐久間さんに『何かを残そう』という思いを持たせたのは確かだろう」「歴史が記録を作ったのではなく、記録歴史を後押しした。月並みな言い方だが、テレビの力、映像の力をこの目で見た。」と締めています。

このへんのいきさつを読んで、ちょっとほっとしました。佐久間さんが「今更」の密着取材を断らずに受け入れていた理由というか、きっかけが決して取材側の「いやらしい思い」だけではなかったのだな、と。

実際、ガンを公表した時の自身のブログにも最後になるであろうソロアルバムの構想を始めたこと、タイトルも「Last Days」と決めたこと、しかしながら「陽の目を見れる公算は限りなく小さい」と書いていた。それを取材に応じることでやり遂げた。

9月末のクアトロライブの時も、ステージ上ではハタ目にはわからなかったけれど実際のところ楽屋からステージまでの階段を上がるだけですでにかなり辛かったそう。NHKの番組収録時は、映像に映っていないだけで、実際は相当体調は悪かったのだろうと思う。(それでも横浜まで来た佐久間さん、凄すぎる。。。)

先日亡くなった恵美ちゃんも去年11月のワークショップの時はかなり具合が悪かったらしく、マーシーとアンディが何度も「大丈夫か?内容を変更しようか?」と本人に言うほどだったそう。それでも彼女は予定通り全てをやり遂げた。

ライフワークに賭けるそれぞれの強い思い、意思、精神力がそうさせた、成し遂げさせたのだろうと思う。

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閑話休題。

先々週の大雪の跡がようやく周辺から消えました。

水分を含んで湿った重い雪は街路樹や公園の桜の枝などをだいぶ折ってしまいましたが、先日、秋谷の山に行ってびっくり。

折れたというより割けている。。。まるで雷の直撃を受けたようです。

長年静かに山の中で暮らしていたのに、木も痛かったんだろうなぁ。。(痛覚なんてないんでしょうけど、、、/笑)

他にもポッキリ折れて倒れた木などありました。

折れたり倒れたりした時には、山の中でかなりの音もしたのではないかと思います。

Akiya_trees

昨日は雨の中、少しだけヤボ用で小田原の梅林近くまで行ったのですが、外から眺める限り梅の木は無事のようでした。

うちの近くの枝垂れ梅も無事だったことを思うと、まさに「柳に風」で、こういうしなやかな枝は雪の重みも上手にかわして被害を受けづらいのでしょうね。

Plum_odawara

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2014年2月19日 (水)

ガンで亡くなるということ

佐久間さんが自身のブログやFBでスキルス胃ガンを告白してしばらく経った頃、NHKの夕方の番組だったか、やはりガンで余命宣告を受けたという建築家の生き様(というか亡くなり方?)を紹介していました。

佐久間さんと同じく積極的な治療はせず、むしろ残された時間を自分の仕事を成し遂げる事や家族との時間に費やし、やるべき事をやり切って亡くなられていったというもの。

彼は、自分の残された時がある程度はっきりとわかる分、むしろ自分がガンで良かったとまで口にしていました。

年齢的にも佐久間さんとほぼ変わらず、あぁ、同じように死をむしろ前向きにとらえて残された時間を素晴らしいものにしていった人がいたのだなぁ、、、と思ったものです。

ちなみに、佐久間さんはこのように書いていました。

癌などと言う厄介な病気になってしまったが、冷静に思えば突発的病気や事故等に会うよりは、人生を振り返ったり改めて考えたり、大切な人たちの事を思ってみたり、身辺整理の時間を持てたり、感謝の心を育てられたり。案外悪くはないのかもしれない。」

そんな佐久間さんが亡くなってちょうど1ヶ月。

今日、古い友人が亡くなったという知らせを受けました。

最後に会ったのは1年半ちょっと前。災害救助犬セミナーのために、マーシャとアンディを彼女が12年ぶりに日本に呼んだ時のこと。

彼女と最初に知りあった20年近く前は彼女も若くて、なんだかすごくとんがっていてちょっと苦手なタイプな人だった。

数年前に彼女がセミナー通訳をしているところで再会。

その後偶然、私が所属しているクラブが主催したドッグショーでジャッジの通訳に雇われて来ていてビックリしたり。。。

もう以前のとんがった感じは全くなくなって、物すごく素敵な落ち着いた大人の女性という感じで輝いていた。

時折、セミナーで仕事をしている時などの合間にちょこちょことおしゃべりするのがすごく楽しかった。

相変わらず頑張っているな、突っ走っているな、という感じもして、なんだかとても嬉しかった。

そういえば、どうしてるかな? 今年は彼女から年賀状こなかったけどな? なんて思い出していた矢先で、ただただショックでぼう然として、何があったのか? 彼女と共通の知りあいに連絡をして、そしてやっと少し「事の次第」がわかってきた。

最初に聞いた話は「去年12月に体調を崩して療養していたが、今月16日に子宮ガンで亡くなった」

子宮ガン?? まさか、気付いていなかった? そんなに急に悪くなった??

訃報の連絡をした友人から、その後他の知りあいに聞いたと電話があり、曰く

1年半ほど前に子宮ガンということがわかったが、すでに卵巣への転移もあり、手術をしても回復の見込みが望めないこと。

その時に宣告された余命は1年。

精力的で積極的で行動的。目的があれば突き進む彼女は積極的な癌治療を選択せず、残された時間をできる限り、自分のやりたい事に費やしたらしい。

癌になることよりも癌治療そのもの、副作用との戦いなどの方がとても辛い、という話も聞いたことがあるので、先が見えないなら自分でも抗がん剤治療とかしたくないなぁ、なんてぼんやり思ったことがあるのだけれど。。

実際、そのような立場でない私には彼女がどういう思いで自身の残りの人生の選択をしたのか、今となっては聞くすべもない。。。

詳しいことを教えてくれた知人さえ、ほんの3週間ほど前に初めて聞いたそうで、彼女が残り少ない命の中でできる限りの日々を送っていたことは、本当に極々少ない人しか知らなかったらしい。

残されてしまう犬達に新しい飼い主をみつけ、乗っていたキャンパーの譲り先も決めて書類の処理も全て済ませ、残された家族にお返しだ何だと迷惑がかかるからと通夜、葬儀もせず香典や供花も一切断り、全てを片づけて静かに亡くなって行ったようです。

彼女らしい、なんと潔い生き方なのだろう。

やるね、死ぬ時までカッコ良すぎるね、、、不謹慎ながらそう思ってしまった。

彼女のことだから、まだまだやりたいこと、やるべきと感じていること、たくさんたくさん心残りがあったろうと思う。

それを思うと本当に残念で仕方がないし、なによりも増田恵美子というパワフルで才能溢れる素晴らしい人がいなくなってしまったことが本当に残念でならない。

Emiko

一昨年の6月、マーシャ(左)のセミナーで通訳をする恵美ちゃん。(右)

去年11月に中級者以上のかなり内容の濃いセミナーをやったのは、おそらくこれが自分が関わる最後のセミナーになると思ってのことだったのかもしれない。

ほんの少しの間だったけれど、彼女と知りあえたことは私にとって一生の思い出になると思う。

恵美ちゃん、ほんとうにありがとう。あなたの災害救助犬への熱い思いがいつかきっと実ることを願っています。

でもね、恵美ちゃん、今年もやるって言っていたよね? あなたに会えるのを楽しみにしていたのに、それだけが本当に残念だよ。

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2014年2月13日 (木)

寒い。。。

1月は寒くても雪がちらつく程度で済んでいたのが、先日はびっくりするくらいドカンと降りました。

測ってみたら35cm以上。犬達、スッポリ肘のあたりまで雪に埋もれました。

Leanne_snow

今でも一部、溶け切らない雪が庭に残っています。

年に一度あるかないかの雪なので連日雪遊びをして犬達は楽しかったようですが、3日目にはもういいや、という感じ。(苦笑)

雪に対して耐性のない地域だからか、予想通り交通事情は最悪になり、三浦半島は大げさに言えば陸の孤島になりかけるほど。

大動脈の横浜横須賀道路がずっと雪で通行止め。そこからつながる首都高横羽線の湾岸部も通行止め。通行止め解除までに3日ちかくかかりました。

それだけでなく、平地が少なくて坂の多い場所なので、一般市道・県道でもチェーン規制になったり通行止めになったり。。。

ほぼ平らな川崎区にいた時のことを思うと、とんでもない状態になって私も先日まで引きこもり状態でした。

雪慣れしていない部分は仕方がないとは言え、豪雪地帯の人たちは本当に大変なのでしょうね。

風が強かったため、屋根の雪は降るそばから吹き飛び、落雪の心配がなかったことだけは幸いでした。

雪がほぼ解けて落ち着いた昨日は、以前から予約していた三浦海岸での外乗。

前日まで、遠くから来る友人たちが無事に車で来られるか心配でしたが、道路規制は全てなくなって一安心。
しかし、雪の影響こそなかったものの、北風が強くて死ぬほど寒い乗馬になってしまいました。。。

速歩で一緒に馬と動いていないと寒くて乗っていられないほど。

逆に馬達はこのくらいの陽気の方が元気なのか、けっこう張り切って途中で勝手に駆歩したりしてましたけど。。。(苦笑)

Trekking

馬の前には、漁港でランチ。

年にほんの数回しか出ないという「メヌケ」という珍しい魚があるとのことだったので、食べてみました。(なんとメニュー記載の価格は時価)

お刺し身もおいしかったのですが、カマ焼が脂が乗っていて物すごくおいしかったです。

戻ってからネットで調べてみたら、深海魚らしく、釣り上げた時に水圧で目が飛び出るのでメヌケ(目抜け)という名前なんだそう。

雪がドカっと降ると隔絶されてしまうけれど、おかげでこういう美味しいレア物にも巡り合える都心に近い田舎な三浦半島、やっぱり良い所です。(笑)

Menuke

そして今日は普段は私がいる横須賀よりも気温が2~3度低いことが多い小田原へ。

うちの庭であの状態なのだから、もしかしたら雪原が残っているのではないかと思っていたのに、行ってみたら雪のユの字もない状態で驚きました。聞いたら、雪が降ったその晩から雨になって翌日には解けてしまったとのこと。

Janis_213

また明日から雪という予報ですが、前回よりも遠慮して降ってほしいものです。

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