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2011年9月

2011年9月11日 (日)

10年、そして6ヶ月

アメリカの同時多発テロ(911)から10年、今年の大震災から6ヶ月。
早いですね。。
同時多発テロの時は、リアルタイムでTVを通してビルに突っ込む航空機や、その後崩落するビルの映像になんとも言えない思いでした。
いったいどうしてこんな酷い事ができるのだろうかと。

あのテロの後に引き続いたのは泥沼のアフガニスタン紛争、イラク戦争。。。。
この10年間で、世界は平和になったのだろうか?
暴力には暴力で、痛みには痛みで返すことが正義なんだろうか?
難しい問題です。
もちろん、テロ後から、アメリカ国内から暴力に対して暴力で返すことは正しい事ではない、という意見が少なからず出てきていたことは大きな救いだと思います。
そして、それをはっきり主張する人たちが少なからずいるというところが、また別の意味でアメリカらしいところでもあるかな、、、、というか、日本人ならあまり表立って主張しなさそうですよね。。

震災からは半年。
3月11日の地震の時、私は皿のブラッシングをしながら、夕方になったら犬達と三浦海岸に遊びに出ようか、それとも漁港に近い公園の方に行こうかと考えていたところでした。
つけっぱなしにしていたテレビから緊急地震速報が聞こえたので見たら、地震の地域は東北。
それなら遠いからこちらにはほとんど影響ないだろう、心配ないな、などと思ってすぐにブラッシングに戻ったことを覚えています。
戻ってさて、と思ったところで揺れ出し、それが予想より大きな揺れで驚いてブラッシングどころではなくなってしまいました。
その時に頭をかすめたのが、地震が内陸部だったら、ほんの数年前に大きな震災があったばかりなのに大変だな、ということでした。
いずれにしても遠い神奈川のここでこんなに揺れるのだから、東北は大変なことになるな、、、と思っていました。申し訳ないけれど、この時はまだ「他人事」のように感じていたのです。

その後すぐに停電したので情報はラジオが頼り。
沿岸部が震源地だとわかった時に、半分他人事ではなくなりました。
沿岸部、大槌町吉里吉里の知りあい一家はどうなったんだろう?
津波警報が出ているにしても、まさかあんな大きな津波になるとは想像もしていなかったので、その後車の小さなナビTVで見た津波の中継画像は信じ難いものでした。
今回の震災があるまで、今までで一番被害が大きくて悲惨な震災は阪神淡路だと思っていたし、世の中で一番大きな津波被害はハイチでの大津波だと思っていました。
そして、それを超えるものがここで起こることもないだろうと。
ところが、それをどちらも何倍も超えてしまったような被害に、これから先どうなるのだろう、、と言葉を失いました。

吉里吉里の知りあい一家の消息がつかめなかった数日間、申し訳ないけれど、もしかしたらダメだったっかもしれない、、、という思いがよぎる事もありました。
なんせ海岸から直線距離で300mあるかどうか、というところに家があったのですから。。
その後無事が確認されて連絡も取れてほっとしたものです。
知りあい一家は津波で全て流された後、比較的早い段階で仮設住宅に入ることができましたが県や町の方針が決まらないため、今までの場所にまた家を建てられるのかどうか、全く先の見通しが立たないのだそうです。
できたら前と同じ場所にまた住みたい、と言っているのですが海に近すぎるので難しいかもしれません。

福島原発周辺地域もそうですが、先の見通しが立たない、立てられない、ということが一番辛いことではないかと思います。
あっと言う間に半年が過ぎ、うかうかしているとすぐに寒い冬になってしまいます。
なんとかいろいろな問題が早く解決されて、少しでも被災した人たちの生活が改善されるようになってほしいものです。
半年過ぎた今でもなかなか進まない現状にはちょっとタメ息です。
「頑張ろう」の掛け声だけでは、いつまでも頑張れないと思うんですけどね。。。

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2011年9月 1日 (木)

SAサンプル送付について

SAのテストのためにアメリカにサンプルを送る手順を改訂しました。
こちら。
過去に何度か日本からサンプルを送っているのですが、今まで動物検疫所に行って輸出検疫証明書を出してもらっていました。
ホルマリン漬けのサンプルを送る場合は、輸出検疫証明書は不要という話も他から聞いてはいたのですが、万一向こうに着いた時に書類不備ということで受け取ってもらえなかったらとても困るので、ないよりは正式な書類があった方がいいだろう、ということで毎回面倒ながら検疫事務所に行って作ってもらっていたのです。

実は今回もジャニスと皿のサンプルを送るのに、動物検疫事務所と事前にやりとりをしていました。
今回それで判明したのは、最近になって日本側の法律が変わり、受取る相手国側が正式な輸出証明を要求していない場合は検疫事務所としては作る必要がない、というか、証明書を出せない、というようになったんだそうです。過去においてはこういう規定がなかったので、頼まれれば作っていたらしい、ということ。
あらためてUSDAの関連文書を読むと、明らかにホルマリン漬けの皮膚サンプルは輸出証明書が必要な物体からは外れています。

ということで、念のため、、、と作っていた書類が「正式に」作ってもらえないということになりました。
本当に大丈夫なのかな、、、、と、ちょっとドキドキで FedExにて送付。
結果、無事にアメリカで受け取ってもらえてほっとした次第です。
ただし注意すべきは、正式な輸出証明書は不要ですが USDA が定める内容物に関する書式は必要になります!
この書式については、上記リンクURL内のページに記載してありますので、必ず添付してください。

・・・・・と、お知らせしたところで日本から送っている人なんているんだろうか??
OFAにデータが載っているのは、言っちゃぁナンですが、1頭除いて全部私が送った物なんだよね。。
11年前にあちこち声かけて数頭分送ったのと(当時はGDC)うちの連中(菜々子含む)と、知人から頼まれて一緒に送った分だけ。
唯一の例外は、Clio of Miracle... という名の子で、これは私の友人がアメリカにこの子と一緒に行っていた時に向こうで検査出した結果です。
検索結果はこれ。 OFA検索結果。
このリストの一番下が、懐かしい菜々子さんです。(笑)
Cantif... というのがリアン、Dreamtime が皿、その下のCHICマーク付きがジャニス。

残念ながら他のブリーダーさんは送っていないのか、SA診断はどうしてるのか?
気にしてないのかな。。。
あるいは診断に出したものの、結果が良くなかったからデータベースには載せないようにしたのかな。
SAばかりはDNAもできないし、検査してクリアだとしても現状の状態でしかなく将来の保証ではないから(その点は目の検査も同じ)これで100%安心! というものではないのは事実ですが、でも、その現状すらわからないで繁殖することは私は恐いんですがね。。。
さすがに今回はやめましたがリアンなんてジャニス産んだ後でも2回、合計4回もパンチしちゃっているし。。(苦笑)

私が知っている限り、SAのスタンダードプードルは身近に複数頭います。
表に出てこないだけで、実際は私が知っているよりも多くのスタンダードでSAが出ているのではないかと危惧しています。
スキンパンチによる確定診断は出ていなくても、状態からどう考えてもSAと思わざるを得ない子もいますし。
SAの場合は病状の出方、その後の状態の変化など、管理次第や治療方針で状態が変わることもあるのですが、個々の状態により個体差はあるようです。
アメリカで知っている子は、実はSA affected だと言われなければわからないほど状態が良いケースでした。
見た目も何も異常はないのに診断に出したら subclinical というケースもあります。(これは本当に診断しなくてはわかりません!)
いずれにしても、万一発症した場合は管理は大変だし、治療費もそう安くはないんですよね。。。
この問題、もっと真剣に考えてくださるブリーダーさんはいないんですかね。。。
イギリスの Animal Health Trust だけでなく、アメリカでは UC Davis でもSAに関する研究データを集め始めるなど、SAに関しては近いうちにもう少しアップデートしていこうと思っています。

というわけで、サイト直していたらこんな時間。
今日は早く寝る予定だったんだけどなー。(殴)ほんとだよ。(苦笑)

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